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”高校生活の二年間は、モラトリアムよ、キョン。それは学生の特権なんだ。” 中学時代、そんなことを俺に言っていた同級生がいた。しかし、あとになって考えてみると、それは 俺には当てはまるが、あいつには当てはまらないような気がした。何せ、あいつは県内一の進学校に入学した のだから。毎日、勉強、勉強じゃなかろうか。あいつと、俺とじゃ頭の作りからして違うと思っている(そう 言うと、あいつは笑って否定したが)が、あの進学校じゃ、そんな日常が待ち構えているんだろうな。 そんなことを考えていると、不思議な感慨に囚われる。つい、ひと月前まで、俺とあいつは同じ学校で重なり合う ときを過ごしていた。そして、別の学校に進学して、俺たちは別々の道を歩き始めたのだ。 「やれやれ」 これから俺が3年間通うことになる高校へ続く坂道を見たとき、俺は思わずため息をつき、口癖になっている言葉を つぶやき、これから3年間、毎日朝っぱらからハイキングをせにゃならんのかと思うと、いささか気分が落ち込んだ。 坂道を上り、新しい学び舎の校門をくぐった時、俺の顔は新入生特有の期待と不安に満ちた表情ではなく、そんな感情 とは無縁の、ただ暗い表情をしていた。 「キョン、どうした。なんで君はそんな顔をしているんだい。」 一瞬、俺は自分の目と耳を疑った。 目の前にいる人物、ここにいるはずがない、俺の中学時代の同級生は、あの頃と変わらない、こいつ特有の微笑みを浮かべ て、俺の前に立っていた。 「佐々木、なんでお前がここにいる。」 お前は県内一の進学校に入学したんじゃなかったのか? 「確かに受験はしたよ。そして合格した。だけど、僕はこちらも受験していたことを、キョン、君は忘れていたようだね。」 だけど、あの時お前は滑り止めだと俺に言っていなかったか?お前に滑り止めなんかいらんだろ、と俺は言ったが。 「よく覚えておいてくれていたようだね。だけど、あのあと僕はこうも言った。人生何があるかわからない。先のことなど、 予測不可能だがある程度の備えは必要だ、てね。そして、僕は北高に合格した。そして、僕には二つの選択枝ができた。そして僕は こちらを選んだわけさ。」 しかし、何かもったいないような気がするんだが。 「県内一の進学校に行かなかったことかい?そうでもないよ。北高にも進学クラスはある。確かに高校3年間は重要な時期かもしれ ないが、それで人生の全てが決まるわけじゃない。もちろん積み重ねは大事だがね。それにここに進学したのは僕だけじゃない。 国木田君もここに来ているよ。」 なんてこった。我が母校の誇る天才頭脳1,2位が二人とも入学してくるとは。天才は何を考えているのか、よくわからん。 「ああ、それと先にクラス表が貼り出してあったんで確認してきたが、キョン。君と僕、それに国木田くんはクラスメ-トになる。 1年5組だ。とりあえず、これから一年間、よろしく頼むよ、親友。」 「よろしく、な」 別々の道を歩き出したと思った同級生は、しばらくはまた俺と重なり合う時間を過ごすことになったようだ。 「さあ、そろそろ行こうか、キョン。もうすぐ式が始まる。高校生活をはじめる儀式だよ。いくらなんでも、最初から遅れるのは ご遠慮したいからね。」 「始めが肝心、てことか。」 「その通りだよ。」 坂道を上がってきた疲れはどこへやら、俺と佐々木は式が行われる体育館へ向かって駆け出していた。 北高には同じ中学の出身の奴がかなり入学していたので、いきなり知らないところに入った転校生のような気分 をあじわなくて済んだが、当然、そいつらは佐々木のことも知っているので、佐々木の姿を見ると、全く先ほどの 俺と同じような気持ちになり、驚いた表情をしていた。ただ、奇妙なことに何故かそいつらは俺の方にも視線を向け、 その後うなずいたり、ニヤニヤと笑っていた。はて、俺の顔に何かついているのか? 一年五組の教室に入った後、お決まりの担任紹介が有り(岡部と名乗った若い青年教師はハンドボ-ル部の顧問を しているそうだが、これは言外に入部希望者を募集していると考えても良さそうだ。入る気はさらさらないが。)、 そのあとはひとりひとりの自己紹介となった。これも何事もなく無事に終わり、俺の新しい高校生活が始まったわけだ。 ところで、、、、 俺は中学時代、仲間から本名で呼ばれたことがあまりない。間抜けなニックネームである「キョン」と呼ばれることの 方が多かった。高校に入り、そんな状況も変わるだろうと思っていたが、初日に佐々木と国木田が「キョン」のニックネーム で俺を呼び続けた為、結局高校でも俺は「キョン」と呼ばれることになってしまった。人生思い通りにはいかないものだ。 「君の言う通りだね。人生は思い通りにはいかないものだよ。」 学校からの帰り道、「キョン」のニックネームを高校でも引き続き定着させた犯人は、さもおかしそうに、クックっと笑いな がらそう言った。 「まあ、君がこのあだ名を気に入っていないのは、先刻承知なんだが。だけど、僕は君をその名で呼ぶことを気に入っているんでね。」 お前に呼ばれるのは一向にに構わんさ。 「ありがとう、キョン。」 暫くすると、俺の家の前についた。 「上がっていくか?」 「お邪魔させてもらうよ。しばらく君の家には来ていなかったが。最後にお邪魔したのはいつだっかな。」 北高を受験する前の日、お前に試験のポイントと心構えを教えてもらった時だな。 「結構時間が過ぎてるね。」 だからと言って、たいして家の中はかわってないさ。まあ、こたつとか冬物衣料とか、そんなものは片付けてあるが。 息子の入学式に出席するための完全武装を解除していた俺の母親は、佐々木の顔を見ると、俺にはほとんど見せたことがないような笑顔で 佐々木を歓迎した。俺が一緒のクラスになったことを話すと、「佐々木さん、息子をよろしくお願い。」と、頭まで下げる始末である。 「君の母上は本当に息子思いなんだね。」 まあ、ありがたいと思うが、少しばかり恥ずかしい。 俺のベットに腰掛けながら、佐々木は母親が入れてくれたジュ-スに口を付ける。 「とりあえず、キョン。今日から高校生としての人生が始まったわけだが、さて、君はこれからどういう高校生活を送るつもりだい?」 佐々木の言葉に、俺はどう返答すればいいのか考えこむ。 モラトリアム―高校生活の二年間はそれだと、佐々木は言った。中学時代、俺は二年間遊び呆けていた。それが楽しかったのは 否定しようのない事実だし、いい思い出もある。俺自身を分析すれば、俺はとても勤労意欲に満ちた人間とは言えない。悠先のこと を考えるより、今を楽しんでおけばいいと考える傾向にある。言い訳かもしれんが、中学3年生になり、そんな正確が災いして 俺は成績が急降下。堪忍袋の緒が切れた母親によって、俺は塾に放り込まれ、そこで佐々木と初めて言葉を交わしたのだ。なんとか成績 も持ち直し、俺はなんとか北高に入学することができた。それは半分は佐々木のおかげである。わからないところがあれば、俺に佐々木は 丁寧にわかりやすく教えてくれた。頭が大して良くない俺でも理解できるのは、こいつの教え方がうまいからだ。 だが―そこで、俺はまた考えこむ。中学時代のことを俺は繰り返すのか?その可能性はないとはいえない。だけど、それではあまりにも 進歩がない。 「佐々木、正直にいえばまだわからない。まだ始まったばかりだしな。お前も知っての通り、俺はそんなにやる気に溢れた人間じゃない。 だけど、中学生の時代は終わったんだ。今までと同じようなことを繰り返すつもりはない。何のために高校に入学したのか、て話になるからな。」 佐々木は俺の言葉を聞いて、一瞬驚いたような表情をして、思わずこちらがドキッとするような笑顔を浮かべた。 「キョン、君は少し成長したようだね。今の言葉は意外だったよ。」 俺自身もそう思う。自分の口からあんな言葉が出るとは思わなかった。 「北高に入って良かったよ。君の成長を間近で観察できる。楽しみが一つ増えたよ。」 おいおい、お前は俺の親かよ。 そんな会話を交わしていると、俺の部屋の扉が勢いよく開かれ、我が妹が部屋中に響き渡る大声で「キョン君遊ぼ―」と言いながら入ってきた。 「あれ、佐々木のお姉ちゃん。」 佐々木がうちに来たとき、何度か妹と遊んでくれたことがあり、それ以来、妹は佐々木にすっかりなついている。 「遊びにきてくれたの?」 「今日は学校の帰りに寄っただけ。それから、キョン君とまた同じ学校に行くことになったから、これからも遊びに来るからね。」 「本当に?よかった。いっぱい遊ぼうね。」 嬉しそうな妹の頭を佐々木は撫でる。妹はもう小学5年生なんだが、無邪気に喜んでいる。 「ねえ、佐々木お姉ちゃん、一緒に晩御飯食べて行かない?今日はカレ-なんだよ。」 「ありがたいけど、もうすぐ帰るよ。また来るから。」 妹に返答する佐々木の表情はとても優しい。こいつの独特の喋り方で、男子生徒からは変な女扱いされることもあるが、佐々木は普通の女の子なのだ。 ”あ、” 「佐々木、遠慮は要らん。食べていってくれ。どうせ、余ってしばらく連続して食うハメになる。一緒に食べよう。御飯はたくさんあるから。」 少し強引だったかもしれないが、佐々木は「じゃあ、お言葉に甘えて」と言ってくれて、佐々木は夕食をうちで食べることになった。 母親は大喜びで、少し遅れて帰ってきた父親も加わって、いつもより賑やかな夕食となった。 日もとっくに沈み、夜空には星が浮かんでいた。その下を自転車を押しながら、佐々木と並んで歩いていると、中学時代の塾通いを思い出す。 夕食のあと、俺は佐々木を家まで送り届けることにした。 「相変わらず、妹さんは元気だね。」 小学生だからな。しかし、俺もあんなだったかね。よく覚えてないが。佐々木にもあんな時があったのかな、と時々考えるが。 暫くすると、佐々木の家の前についた。 「ご馳走さま。キョン。それに家まで送ってくれて。すまないね。」 いいってことよ。食べて行けと言ったのは俺の方だし。 「それじゃ、キョン。また明日、学校で。」 「ああ、じゃあな。」 、、、、、、、、、、、、、、、 俺に手を振り、佐々木は鍵を取り出し、人の気配のない真っ暗な自分の家に入っていった。 佐々木の家族は、佐々木とそれと佐々木の母親、二人だけの家族だ。佐々木の両親は、佐々木が中学生に上がる前に離婚した。佐々木は母親に引き取られ それから佐々木は家ではひとりでいる時間の方が多い。母親はやり手のビジネスウ-マンらしく、日本どころか世界中をまたにかけて活躍してるらしい。佐々木 から聞かされた時、俺には何か遠い世界の話のように思えて、いまいち現実感がなかったが。今日の入学式に一応佐々木の母親は来ていたのだが、すぐに姿が 見えなくなった。海外での仕事があるのでその打ち合わせのためだと佐々木は言っていたが。 妹が夕食を食べていかない、と佐々木に言った時、俺はそのことを思い出し、そのまま佐々木を返すのは今日というこの日にいいことだとは思わなかった。 普段だったらしないような、強引に事を進めたのはそのせいだ。だけど、たまにはいいじゃないか。そうだろ、親友。 俺は自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ出していた。振り返って佐々木の家を見ると、小さな明かりが点いているのが見えた。それを見て、俺はペダルを漕ぐ足に力を入れた。 春の夜風は少し冷たく感じられたが、それが妙に心地よかった。
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「最後の最後で、“ゴム”に穴が開いていたりしたら面白いと思ったんだが……何事もなかったね」 毎度佐々木が寄越す皮肉めいた言葉を背中に受けながら、トランクス一丁の俺は部屋に放っておいたシャツを取る。 否応になく目に入る絨毯、それから視線を泳がせて窓を閉め切っている厚めのカーテンも見ると、俺の部屋とは比べものにならないほど綺麗で高価なことが一目でわかる。家人のランクと、そこから派生するセンスが窺えるというものだ。これが生活格差というヤツかね。 今日で、この部屋に来ることもないかと思うと、些か名残惜しいものを感じる。 中3の身分で親の目を盗み、同級生と情事を繰り返して来た俺が今更片腹痛いと我ながら思うけどさ。 俺は嘆息交じりの自嘲を伴い、シャツの次に、床に乱暴に投げ捨てていたYシャツの皺を気にしつつ袖に腕を通す。傍に落ちているシンプルな女性ものの下着が目に入る。 「おい、春めいた気候になって来たとはいえ、さっさと服着ないと、もうすぐ卒業式だってのに風邪を引くぞ」 ベッドのほうへ振り返ると、佐々木が手慰みに、しぼんだゴム風船の成れの果てと言っても過言ではない物体の口を結わえ、それを指でつまんで、ぶらぶら揺らしている。……悪趣味としか言いようがないな。 「失敬だな。僕も最後の余韻に浸っているんだよ、これでもね」 喉の奥を鳴らすような、いつもの低い笑い声を洩らす佐々木だが、すぐに終わる。 佐々木の顔も、胸許もまだ微細な汗の玉を浮かべ上気している。その胸許から下を隠していた布団を、佐々木は無作法に蹴り退けて、ベッドから下りた。 スレンダーな肢体が露わになる。前述した女性ものの下着は、言わずと知れたこいつのもの。すなわち、佐々木はまさしく生まれたまんまの姿でいる訳だ。 ……ったく、こいつが指にぶら下げているゴムに、しこたま白濁液を吐き出したばかりにも関わらず、俺の“息子”がまた頭をもたげて来る。悲しいかな、男の習性……いい加減、見飽きても良さそうなもんなのにな。佐々木の挙措ひとつひとつが、今日はやけに扇情的に見えてたまらないせいか。 「まだまだいきり立っているじゃないか……君の“分身”は」 くくっと声量を抑制した失笑を見せ付けて佐々木は、俺のYシャツの腕に、己が裸身の腕を絡め、更に、その手を俺のトランクスの膨らみへと伸ばす。 だが、佐々木の手を俺は掴み、それ以上の侵入を禁じた。 シャツ越しに密着されている佐々木の肌の体温が、俺の脳髄に官能的なパルスを断続的に送って来ているものの、俺は必死に抗った。 「……互いに熱に浮かれて身体を求めるのは終わりにするんだろ。今日で好き勝手にやるのは卒業だって言い出したのはお前だろうが。なら、もう終わりにしようぜ。自分の意志で我慢してみせて、綺麗に終わったほうが良くないか」 これだけを腹の底から声にして搾り出すのに、俺はどれだけ臍の下に力を注いだことやら。直近から佐々木が俺を見上げているもんだから、極めて形勢は不利だった。 体温の上昇によるものか、佐々木の瞳は若干潤んでいた。あの佐々木が、こんな目で見つめて来るんだ……少しでも気を緩めたら、すぐまた佐々木のか細くも熟れ始めた肉体を抱きすくめて貪りそうだった。 このとき、少なくとも俺の視界のほうは佐々木に独占されていたから尚更だ。 俺に手首を掴まれていた佐々木の腕から、不意に力が抜けた。その弛緩のついでとでも言うように佐々木の口許が微かに緩む。ただ、それは大変心許なく見えて……俺は佐々木の腕を手離せずにいた。 けれど、佐々木はそんな俺など意に介さずに、苦笑を相貌に貼り付け言葉を紡ぐ。 「やれやれ……まさか、キョンに窘められる日が来ようとはね」 「最後ぐらいカッコつけて終わりたいからな、男として」 やせ我慢は男の美学なんだよ。 ここで逆に佐々木は我慢しかねたように噴き出した。 俺の前で、ここまで佐々木が大っぴらに笑うなんて初めてだぞ。 佐々木の家族が不在でよかった、いたら、この娘の馬鹿笑いに何事かと思って駆け込んで来ること請け合いだ。ま、いないからこそ、俺たちはついさっきまで性行為に盛んだった訳だがな。 「あはははは、君にもカッコつける甲斐性があったなんてね」 気のせいか、えらく貶されているように思うのは。 「いや、すまない。悪気はないんだ。しかし、カッコつけて終わるのもいいが、笑って終われるというのも、いい〆方じゃないか」 そう言いながら、佐々木は涙が出るくらい爆笑したらしく目をこすっている。 それにしたって笑い過ぎだ。 憮然としている俺に佐々木が声をかけて来る。 「ところで、キョン」 「何だ」 「そろそろ、僕の片腕を離してくれないかな。運動の後で身体があったまっているとはいえ、汗で冷えて体調を崩すことは、先の君の発言のとおり大いに有り得ることだからね。このまま風邪を引いたら君に医療費を全額負担してもらわないといけなそうだ」 佐々木の長ったらしい言い回しが終わらぬ内に、俺は動転して諸手を挙げていた。 とどのつまり、佐々木の手を離すのを俺はすっかり失念していた訳だ……何やってんだかなあ、俺は。口でカッコつけたこと言っても、内心佐々木の肉体に未練たらたらと思われても仕方ないぜ、これじゃ。 「そういえば、キョン、君は覚えているのかな? 最初の日を」 ブラジャーのホックを留めるため両手を回している佐々木の背中を、何もすることがないのでベッドに腰掛けて眺めていた俺の手持ち無沙汰を気遣ってか、佐々木が話を振って来た。 但し、本当に何もしてなかったのかと問い詰められれば、俺は「NO」と答えたに相違ない。 佐々木が器用にホックを留める仕種は指先の動きをはじめとして、滑らかにしなう背中とか、何とも言えないそそられるものがあってだな……おまけに、肩に届かない程度に伸ばされた髪が中途半端に汗で貼り付いて邪魔臭いとか言って、あまり長くない髪をポニーテール気味にまとめてくれやがったから、なまめかしいうなじがホントいい眺めで、正直たまりません……つーことで一人鑑賞会を満喫していたところだったもんでな。 いやはや、俺が妙なフェチズムに目覚めたとしたら、佐々木のせいに違いない……ほかの連中に口外して墓穴を掘るつもりは毛頭ないが。 それに集中していたせいか、俺は間の抜けたことを訊き返していた。 「最初って、何の最初だ?」 「女のほうにそれを言わせるつもりかい? これじゃ男としてカッコつけるとか以前の問題だと“親友”として諌めておくよ、キョン」 佐々木が呆れ顔で俺の顔を見つつ、一方で得意げに目を細めるという複雑な表情をひけらかす。さっき俺に窘められたことを忘れていなかったらしい、そんな些細なところもおろそかにしないのが佐々木らしいって言えば、それまでの話なんだけどさ。 下着を装着完了した佐々木は手を当てた腰を折り曲げ、ベッドに座っている俺に視線を合わせる。 そこまで言われりゃ、俺だって皆まで訊くほど野暮じゃないさ。 あれは、もう1年ぐらい前になるよな。塾で一緒だったことをきっかけに、話す機会が増えて自然と行きと帰りも一緒になることが多くなり出した頃の話だ。あのときは面食らったぜ。塾の帰りに家までお前を送っていったら、両親が明日まで留守と来たもんだ。 で、「年頃の少女ひとりで夜を過ごさせるなんて無用心だと思わないかい?」なんて、よく言ったもんだな、お前も。 「よく覚えているね、その記憶力を勉学に活かせればいいのに」 佐々木は嬉々として俺を揶揄するが、俺だって常日頃から学習活動に役に立てばと切に願っているさ。しかし、悲しいかな……授業内容を1年も覚えていられた前例は未だ嘗てない。 「人間、どうでもいいことは覚えないものさ。残念ながら、キョン、君が今日まで受けて来た授業に君の関心を引くほどのものはなかったということだね」 俺の都合9年に及ぶ勉強に費やして来た歳月をあっさり否定して、佐々木はくつくつと愉快そうにくぐもった笑い声を立てる。 佐々木、お前が暗に仄めかしているとおり、お前との関係が、俺のこれまでの生涯で忘れ難い記憶ナンバー1にノミネートされていることは否定できやしないさ。多分、平均寿命以上生きたとしてもトップは変わらないことだろうよ。 「しかし、それで無警戒に僕の家に上がる君も君だと思うんだよ、キョン」 「警戒ってな、あのときの俺よりお前のほうが使うべき言葉だと思うが」 「僕を女として見ていなかったくせに……あれは些か女として傷付いたよ」 佐々木はおどけた風に、口をアヒルのように尖らせた。 それを言われると弱い。謝るしかない。 ぶっちゃけ、あのときは性的な意味で佐々木を女として意識していなかったんだ、これっぽちも。小学校の頃とかは好き嫌いはあっても、そういう対象として異性の同級生を見たりしないだろ、その延長線上みたいなもんさ。ましてや、相手が一人称で「僕」を使うような風変わりな奴だったから、ますます女として見ていなかった。 だから、油断があったんだな。 佐々木を異性と見てはいなかったが、俺とて健全に思春期入りたての年頃になっていた訳で、親しい仲間たちと、それなりにそっち方面の話だってしていたものの……まさか、人生初の成人指定ビデオを、女の家で見ることになるとは思わなかったぜ。あのときは内心、「すまん、俺は一足先に大人になるぞ」って友に詫びること頻りだった。 しかし、その後、ホントに“大人”になろうとは夢にも思わなかった。 そのうえ、佐々木を女として認識せざるを得ない羽目に陥ろうなんてな。 ――僕もね、濡れて来ているんだ。僕の処理に付き合ってくれると有難い。 ――発情するのは動物にとって、ごく普通のメカニズムだ。人間がおかしいのは、それが慢性的になっているからなのさ。だから、僕は『病』だと、“それ”を称する。 ――無理強いはしない、君にとっちゃ騙し討ちに遭ったも同然だろうからね。でも、君の“分身”はもう収まりがつかないようだけど……。 ……多くは語るまい。かくして、俺と佐々木は恋愛感情とか一切抜きに肉体関係を結ぶことになったってだけの話で、その後1年間も、佐々木曰く「肉体の相性がいい」らしい俺を佐々木が両親の不在の折につけて家に誘い、俺たちふたりは性欲を鎮静させる為の行為に精を出す関係へと至ったことは、現在の状況から容易に想像がつくだろう。恋人ができる前に童貞卒業なんて、あまり他人様に自慢できることじゃないね。 「君は今まで僕が処女じゃなかったことについて何も言わなかったが、正直、どう思っているんだい?」 下着姿のまま上体を屈めていた佐々木は、俺を舐め上げるように見上げた。ちょっと挑発的な物腰だった。 俺自身は、不思議と冷静で「あ、やっぱり処女じゃなかったんだ」とそれ以上もそれ以下の感想も浮かばなかった。友人たちの猥談から仕入れていた予備知識と照らし合わせて疑問に思っていたことは確かだが、破瓜の血で他人の家のベッドを汚さなくて良かったと最初に済ませたときは安心したもんだ。個人差があるというから、こんなもんなのかなと自身を納得させていたりもしていた。 それよりも俺が質問したいのは――。 いつも使用済みコンドームをどうやって始末しているんだ、とか。 そもそも、以前の子供には見せちゃいけないようなビデオといい、どっから仕入れて来ているんだ、とかだな。 そっちのほうが、よっぽど訊きたいね、俺は。 俺は正直に自分が謎に思っていることを明かしたのだが、佐々木は勘繰るような目つきを俺に寄越す。 「僕は君以前に、少なくともひとり別の男性と寝ているんだよ。僕のことを淫乱と思ったり……君と付き合っている間にも、ほかの誰かとも関係を結んでいるとか疑ったりもしなかったのかい」 「ああ? そんな奴じゃないだろ、お前は。仮にそうだとしても、俺が疑ったところで尻尾出すヘマなんてしない奴だって俺は知ってる、なら、疑うより信じるさ、友人として」 冷たいと言われるかもしれんが、俺は佐々木の親友として、こいつが自分から話そうとしないプライベートに立ち入るつもりはなかった。佐々木が、ほかの人間には見られたくないだろう部分を、弱さを俺に曝け出したことに返せる、親しき友に対する俺流のせめてもの礼の尽くし方のつもりだ。 佐々木は意表を突かれたようにポカンとしたあと、また哄笑に及ぶのをこらえるような表情になった。 「ふくくく……ホントに君はおかしなところで現実主義者になるんだな」 佐々木はにやにやしながら先ほどの俺の疑問に応じる。 「僕は両親に信頼されているからね、あれこれ詮索されることも、とやかく言われることもないから、気軽なもんさ」 誇って言えることじゃないだろう。 「そう言わないでくれよ。僕だって両親には後ろめたさぐらい感じる。けど、もう済んだことにくよくよしても始まらない」 佐々木は大仰に肩を竦めた。こいつのことだから、口では飄々と言いながら、結構苦労しているのかもしれない。 それはそうと、いい加減、服を着ろ。ホントに風邪を引くぞ。 「くくく、君がそういう奴だから、親友として道を踏み外すことなく節制できたと僕は思っているよ、キョン」 学校帰りだったから、俺は制服だが、佐々木は自宅ということもあって私服へと着替えた。 卒業式まで、もう佐々木の両親が家を空けたり、帰りが遅くなることはないそうだ。言い換えれば、佐々木と俺が行為に及ぶ機会はもうない。だから、区切りをつけるにはいい頃合だと思ったのは、俺と佐々木の共通の認識だった。 健全な中学生には似つかわしくないことをやるだけやっておいて言うのもおかしな話だが、子供の火遊びで済ませられる年齢じゃないという節目が、俺と佐々木にとって中学卒業というイベントだったのだ。これからは、大人として自分の行動に責任を取ることを心がけなきゃいけない、だから、軽々しく身体を求める関係を終わりにしたいと先日佐々木から言い出されたとき、俺に異論はなかった。 俺と佐々木の進学先が異なることも丁度いいと俺は思っていた。 こればっかりは佐々木に言えやしないけどな。 何故なら、今暫くは我慢できていても、高校でも佐々木と顔を合わせる毎日を過ごしていたら、俺は低俗極まる衝動を抑え切れるか自信がなかったんだ。 佐々木は俺のおかげで節度ある関係を維持できたという風なことを言ってくれたが、俺を過大評価し過ぎだ。俺は、そんな上等な奴じゃないんだよ。佐々木、友人としてのお前の信頼を俺が裏切らずにいれたのは奇跡的なことなんだ。 「馬鹿だな」 胸中を見透かしたようなタイミングの発言だった。 脱ぎ捨てていた制服を片付け終わった佐々木が、そう短くぽつりと言って俺の隣に座る。そのまま、その華奢な身体を俺にしなだれさせる。 「おい」 「せっかく笑って終わりにできるって言ったばかりなのに、辛気臭い顔をしてくれるなよ、キョン」 俺の肩に体重を預けながら佐々木は告げた。 その科白、そっくりそのままお前に返したいところだ。 「君は、もっととは言わないが、もう少し自分を評価すべきだ」 「そうか」 「そうだとも」 それはいいが、肘に柔らかいものが当たっているんで、どうにかしてもらえないか。 「くくっ、当てているのさ、キョン」 実に楽しそうな含み笑いを佐々木は無造作に閃かせた。1年前より順調に発育している胸をわざわざ擦り付けるこいつに対し、小悪魔って形容が俺の頭に降って湧いた。 「おい」 思わず咎める俺に佐々木は一向に何食わぬ顔のまま言って見せる。 「ほら、君はこうして僕を大事にしてくれるじゃないか。“親友としてなら”、その美徳はいつまでも忘れて欲しくないものだと思うよ」 押し倒してやろうかね、と一旦考えてみて俺は実感する。 今の佐々木に対し、そんな無体をしでかす気がさらさら起きない自分を、だ。 どうしてって? 決まっている。俺にとっても、こいつが最も気の置けない大切な友人だからだ。 結局、佐々木が見透かしているとおりってことか。 そのことを俺はしみじみ思い知らされたものだった。 <完>
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「彼女を、つけてみないか」 こいつは突如として俺の前に現れ、その誘いの言葉をのたまったが、俺はどうしても乗り気になれなかった。 あの悪夢のようなエセSOS団誕生に至る日々は、ゆっくりと土に還っていく桜の花弁にも気づかないままに過ぎてゆき、日本はすっかり新緑の5月を迎えていた。 これは全ての物事がひとまず小康状態に落ち着いた、そんな時期の事だ。 この土曜は久しぶりに不思議探索が休みで、その午前はまさに神がこぼした―――カチューシャの女神に当てはめるのは嫌だが、皮肉にもまさしく文字通りの―――奇跡の時間だった。 それで本当に気が緩んでいたのだろう。 妹のフライングボディプレスをまともに受けた俺は、視界先の天井がグラグラと歪む最悪の目覚めの後、 母親からこれまた図書館へ本を返しに行って来いと言う面倒くさい司令を受け、俺はものの見事に、ていのいいパシリに仕立て上げられてしまった。 かくして、ついぞ俺の土曜の午前に平穏が訪れる事は無かったのである。 「やあ、キョン。ここで出会うとは最高のタイミングだよ」 そんな道中の事だ。下手をすれば空の蒼さにも難癖つけたくなるくらいに不機嫌な俺を こいつは呼び止めた。こいつは俺を認めると、あたかも巡り会うべく何世紀も生まれかわった人生の伴侶をとうとう発見したかのような瞳の輝きをもって、俺に近づいてきた。こいつの目は本当に綺麗だ。 それは認めよう。 しかしだ。勘弁してくれ、まだこれ以上俺から土曜の午前の平穏を奪おうと言うのか―――佐々木よ。 「どうやら機嫌がよろしくないようだね。さしずめゆっくり寝たいと思っていた土曜の午前を妹さんに無理矢理起こされたというところだろう」 そのとおりだ。全く、起こすのに普通ボディープレスするか? わき腹にエルボー入ったんだぞ? 今でもズキズキする。 俺は機嫌任せに激しく口角泡を飛ばしたが、それを苦にもせず、佐々木はくっくっと笑いを無理に押し殺したような低い声を喉の奥で鳴らした。 「彼女もまだ、多少強引であれ何らかの形でスキンシップをとりたいと思う年頃ということなのだろうさ。許してやってくれたまえ」 そういう風に聞くと、何となく愛嬌が出てくるから恐ろしい。おお、兄よ、妹の兄たる俺よ、お前には時に心を鬼にして厳しく妹を叱る事も必要なのではないだろうか。 「無理だね。君にできるはずがない」 なぜか佐々木の言葉は自信に満ちていた。 以前にこいつが『断言する人間の言葉は信じてはいけない』という格言の孕む矛盾性をうだうだと四方山話を交えて語っていた頃を思い出して、ふとツッコミそうになったが、 思い直すとなるほど、今までの経験上、確かにどうも俺はイタズラな妹をきつく叱ったり怒鳴ったりする事ができないらしい。 喉元まで込み上げてきた言葉を引っ込めた時、雲ひとつ無い空の蒼さがやけに心地よい事に気づく。 どうやら佐々木と話すと、調子が狂う。こいつの話術なら英会話の教材だろうが怪しい壷だろうが仏壇だろうが購買意欲をそそられそうだ。気をつけよう。 「で、今日はどうしたんだよ。さっきタイミングがどうとかいってたな」 佐々木はその言葉で、まるで催眠術にかかっていて、ようやく我に返った主人公の唯一無二の友人のような顔をして街の方へ続く道を向いた。 倣って俺も見る。あれは…… 「そうだ、そうだ。キョン」 「彼女を、つけてみないか」 目を凝ら―――さずとも、俺にはすぐ分かった。いや、いまいましくも分かっちまったんだ。俺の乏しい知識と記憶が、あの遠ざかる黒いうねりを材料に、一瞬で脳内情報バンクからワンパーソンを検出し、それ以上の候補を挙げようとしない。 そう、奴は佐々木の言葉を借りるなら地球外知性の人型イントルーダー、長門の言葉を借りれば天蓋領域。俺にいわせればクイーン・オブ・ディスコミュニケーション意味不明理解不能長門衆以外宇宙端末。 本人に言わせるならば、周防九曜。もしくは九曜周防。 そいつが街の方へぶらぶらと歩いていくではないか。ちなみに、佐々木は普段と変わらない私服であったが、九曜はどうも制服のままらしい。どうも、というのは俺の見える角度からでは、体のほとんどがあの凄まじいボリュームの髪で覆われていて服装がよく分からんからである。 しかしまあ、これまた歩くのが遅い。ネジが切れかかったゼンマイの人形みたいなスピードで、緩やかに繁華街へ歩いていくのをみていると、本当に時間の流れすら違うような辺ぴな場所から来たということが分かる。 しかし、どうした事だ、佐々木、アイツの後をつけるとは。 最初にも言ったが、俺はどうしても乗り気にはなれなかった。大体、俺の中にアイツへの敵がい心はいまも変わらず、黒い塊となって残っている。本来なら関わることを一番避けたい存在なのである。 「彼女を見つけたのは本当に偶然なんだ。ついさっき、そこでね。声をかけようとも思ったが、それよりも後をつけた方がいいと判断した」 佐々木の意を得ない俺は、分かったんだか分かっていないんだかハッキリしない顔で、キラリと光る二つのガラス水晶を見つめた。すると佐々木も気づいたらしく、肩をすくめながらこう言った。 「彼女とはこれからもある程度の付き合いが予想されるわけだ。観測者と観測対象として、望む望まないに関わらずにね。そうなると、彼女とのある程度のコミュニケーションが必要になってくる。 だけど、どうも上っ面の言葉でのコミュニケーションでは上手く出来ない、というより彼女が興味を示さないようでね。 それはキョン、君は身を以って分かっているだろう?」 ああ、もはや言葉が通じているのかもよく分からんレベルだな。 目の焦点も合ってはいるんだが、決して俺たちが価値を見出せそうも無い中空を凝視しているし、何に興味を持っているかは俺の関わりの範囲(不承不承、仕方なく関わってしまった程度の範囲だ)では見ていてもサッパリ分からん。 「そう。だから、こっそり彼女の後をつけて、彼女の興味あるものを調べるんだよ。私生活を覗けば、必ずそれは現れるはずだ。そもそも、宇宙人の私生活自体が中々興味深く面白い。もちろんインタレスティング、だよ」お前の言い分は分かった。しかしだな、なぜそれに俺が関わらなくてはいけないのだ。 俺にしてみればあの集団ではお前以外は思い出のアルバムに一秒でも長く残したくない相手なんでね。 正直、興味があるものが何か分かってもそれを話題に親睦を深めようなんて微塵も思っちゃいないんだが。 「個人的には嬉しいセリフだが、そういってくれるなよ。 僕だって未知の宇宙人である彼女をたった独りで付きまとうのはいささか心細いと思っていたところだったんだ。君がいれば心強い」 それも個人的には嬉しいセリフだが、実際アイツが宇宙パワーで襲い掛かってきても役に立つとは思えんがね。 「別に危害を加えられるなんて思っちゃいないさ。メンタル的な意味だよ。独りでこそこそ後をついてまわるのと、 二人でひっそり尾行するのではどちらが気が楽かは、明白だろう」 まあそうなんだが……っておい、先行くな、俺はまだ行くとは…… 「さあさ、いくら何でもこれ以上喋っていると見失ってしまう。キョン、行こうか」 神の力に関わる人間は、プロセスはどうあれ、人の言う事にあまり耳をかさないのか? やれやれ、仕方ない。あいつ―――天蓋領域の使者様が日常的に人に害を与えていないかどうかの見張りの意味でも、ついていくとするか。おつかいの本は後で返せばいい。 かくして俺たちは、ブリキのおもちゃの如くのろのろと歩を進める九曜の後へ歩を進めていったのだった。 隣の佐々木の顔が少しニヤリと歪んでいる。 ……お前、インタレスティングは建前で、実は結構エキサイティングを期待しているだろ。 勘弁してくれよ、宇宙人が急に無差別に人を襲い始めたらなんて妄想はどこかの団長様だけで十分だからな。2時間後、ゆるゆるとむしろ不自然なほどゆっくりとした歩調で坂を下っていく クイーン・オブ・ディスコミュニケーション意味不明理解不能長門衆以外宇宙人端末を、俺たちは何か物悲しい気持ちで眺めていた。 「……思ったんだが」 佐々木が、疲れを滲ませた顔でまるで誰に言うでもないように言った。瞳の光が俄かに霞んでいる。 「概念が違うのかも知れない。僕たちには意味を見出せない事でも、実は彼女にしては世紀の大発見だったのかも」 そうはいうがな、佐々木。 30分近くパチンコ屋前の宣伝のネオン掲示板を眺めて、また30分くらいあのハンバーガー屋のピエロの人形とにらめっこ。 そして散髪屋の前でクルクル回ってるあの変なやつを30分観察後、最後に広場の噴水を30分ほど見てるだけって、それ絶対世紀の発見にはならないだろ。 最初こそ佐々木もパチンコ依存症の危険性を語ってみたり、ハンバーガーのネズミ肉がどうとか言っていたが、後半になるとうんちくは失速し、今に至る。 この理屈屋がここまで物静かだと少し恐ろしくもある。 「……ともかく、今度会った時に尋ねてみる事にするよ」 ひょっとして、「ド●ルドから何か得られるものはあったか」なんて聞くつもりじゃないだろうな。 ともかく、俺としてはとりあえず安堵の溜め息をついても良い頃だろう。 こいつは私生活において意味不明ではあるが、地球人に迷惑はかけていないようだ。 「さて、もうそろそろお昼だ。どうしたものかね―――ん?」 どうした? 何かあったか? 「あそこは……」 佐々木が指した先は保育園だった。それこそどこにでもある何の変哲も無い保育園。問題なのはそこに九曜が入っていくって事だ。 おいおい、アイツが入ったら間違いなく不審者で通報されて警官の質問攻めにあの天蓋流話術で対応してしまうだろう。ややこしい事態は避けられねえぞ! 似たような考えに行き着いたかどうかは知れないが、俺たちは足早に保育園の門の方へ向かって行った。しかし、飛び込んできた光景は、少なくとも俺の想像とはあまりにもかけ離れていたものだった。それは…… 「あー、すおーねーちゃんまたきたー」 「くよーねえちゃーん!」 子供に大人気のくよーおねえちゃんだった。 あまりの驚きに脳の処理落ちもいいところで、こいつがここに来たのが初めてではない、と言う認識に至るまでにすら3秒ほどかかった。 どういうことだ、どうしてこんな歓迎ムード? Why? なぜ? 隣を見ると、佐々木もやはり驚いたようで、大きい眼をさらに大きく丸くしていたが、すぐさま猫のように嬉しそうに目を細めてこう言った。 「驚いた。サプライズド、というよりアメイズドだね」 九曜の呼ばれ方はまちまちだった。あの名乗りでは仕方ない。俺も周防だか九曜だか未だにわからんのだから。 しかしあいつはまた、こうしてみているとかなり上手く子供の中に溶け込んでいるように見えた。 表情こそまるで楽しげではないが、それなりに真面目にケン、ケン、パーと遊びに興じているし、 少年が物知り顔で昨日先生に教わったのであろうタンポポの正式名を教えてくれるのにもそれなりに聞き入っている。 背中にのっかかる少女がいれば、重みなど感じていないようにすっくと立ち上がり、それが少女の無邪気な笑顔を呼ぶ。 そうしているうちに、保育園の先生がシートを広げ、子供を上に座らせた。昼食にするらしい。ああ、俺のところもそうだった。保育園での土曜日の昼は外でパンを食うんだった。 九曜も手招きされ、座り、パンが配られた。ゆるやかに口元に運び、小さく口を広げ、一口かじってこう言った。 「―――――甘い―――――」 「ねーちゃん、これには『コクトー』ってやつがはいってるから、あまいんだぜ」何となく合点がいってきた。多分こいつ、本気でネオンサインにもクルクルにも噴水にも興味津々なんだ。 俺たちにしちゃなにも意味を感じない事が、あいつは新鮮だったんだ。個人的興味で人と接しようとも対人言語処理能力では、人の相手には決してされない。 だから行き着く先が物怖じしない、子供だったって訳だ。 思えば宇宙から来て日も浅いあいつにしてみれば保育園に通う子供と同じくらいしか地球での経験値は無いんだった。 「……行こうか」 佐々木がさも満足そうに歩き始めた。 「分かっただろう、キョン、彼女は君が思うよりずっと安全みたいだよ」 ああ……っと、ちょっと待て、だからといってこれで九曜が完全に安全と判断したわけじゃないぞ。俺たちに危害を加えた事も忘れちゃいねえ。 まあ、日常的にこの宇宙人に目をギラつかせる必要はなくなったという意味では……こら、佐々木、笑うな。 だが、なんとも清々しい気持ちになっているのも事実だ。あんまり認めたくはないが。 むかつく不良が捨て猫にパンをあげてるのを見たときのような気持ちだ。 「さてキョン。もう彼女をつけるのは終わりにしようと思うのだが」 ああ、もういいだろうよ。それより腹が減って仕方が無いんだ。どこか食いにいこうぜ。 「くっくっ、まあ、昼は付き合ってくれた礼を込めて、奢らせてもらおうじゃないか」 ありがたい、久しぶりに人に何か恵んでもらえる気がするよ。俺はそう言いつつ、サイフの中を思い出していた。少し寒くなるが、まあ仕方ない。 今度の不思議探索は早く行くさ。 そうして俺たちは九曜をのこし、五月晴れの元、適当なレストランを探し始めたのだった。
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『作家のキョンと編集者佐々木』 激動の高校生活の後の大学生活は嫌にあっさりと終了してしまった。 いや、それでもそれなりにいろいろとあったはずなのだがどうしても高校生活と比べると見劣りしてしまう。 まぁ、何度この世界の命運を背負ったか分からんような高校生活と普通の大学生活を比べるのは酷というものだ。 大学に入ってもSOS団を続けるとごねるだろうと思っていたハルヒは意外なことにみんなが自分の道へ進むことを容認した。 それでもSOS団は不滅とか言っていたがな。 俺たちはそれぞれの学力に会う大学にばらばらに進学することになった。 大学生活は平和そのもの! 量産型谷口や量産型国木田みたいな奴らとつるんでいるうちにあっという間に4年の歳月が過ぎた。 さて、卒業した俺は今何をやっているか? 何の因果か小説家なんて商売をやっている。 高校のころ、文芸部の活動として似非恋愛小説を書いた時から思えばありえない未来だ。 大学4年、遅々として進まない卒業論文の気晴らしにだらだらと書いていた小説。 なぜそんなものを書こうとしたのかは解らない、多分書きたくも無い文章を欠かされるのに嫌気がさしていたからだろう。 そしてなぜだか卒業論文より先に完成してしまった小説をせっかくだからとある出版社に送ってみたところ何故か入選。 それは本となって今でも読書家の間でちょっとは話題に上るくらい売れているそうだ。 それからはなんだかとんとん拍子に話が進んだ。 この一年で文芸誌にいくつか連載を貰い単行本も最初のと合わせて2冊出している。 ちょっとした売れっ子の俺は決して裕福ではないが俺の年齢としてはそれなりの生活が出来ていた。 余りの好調さに不振を抱いた俺は古泉に連絡を取って裏で何かしていないか確認したものだ。 返答は「機関と関わったことでチャンスは増えているかもしれませんがそれ以上はあなたの実力です」だったな。 誓って言うが、俺はあの高校生活をネタにしたことは無い。 古泉にもあれを書くのは止めておいてくれといわれているしな。 ま、あの経験が俺のインスピレーションの根源にあるのは否定できないけどな。 「……駄目だ、書けねぇ」 そして今、上の愚痴を見ていただければ解るように筆が止まっている。 しかも締め切りはすぐそこだ。 にもかかわらず俺の指先はいくつかキーを叩いてはバックスペースを連打するルーチンに陥っていた。 余りにも展開が思いつかない。 頭をわしゃわしゃと掻き毟って脳みその端からアイディアをひねり出そうとするが室伏が絞った後の雑巾みたいに何も出てこない。 どうしたもんかと頭を抱えていると俺のマンションのインターフォンがなった。 「やべ、来たか……」 締め切り間際の作家の家に来る人種など一種類しかいない。 担当編集だ。 この担当編集って言うのが曲者だ。 なぜあいつが俺の担当なのだろう? 以前そう聞いたら自分が一番俺から原稿を取ってこれるのだと言っていたな。 居留守を使うわけにもいかないので玄関へ向かう。 鍵を開け、扉を開く。 「やぁ、キョン。調子はどうかな?」 「佐々木か、まぁ上がってくれ」 俺の担当編集は何の因果か中学からの親友、佐々木だった。 大学卒業後、大手出版社に入社した佐々木は1年の研修期間のあと俺の担当になった。 というのも、俺のもともとの担当が何かの病気で入院したときのピンチヒッターで担当をやったのが始まりだった。 最初に臨時の担当だと紹介されたときはひどく驚いたものだ。 もともと遅筆と陰口を叩かれていた俺だったのだが、俺の性格を良く知っている佐々木がせっつくからだろうか? 俺は佐々木が担当になってから締め切りを破る事はなくなっていた。 遅筆の売れっ子という出版社にとって結構厄介な俺から原稿を取れる佐々木は社内で評価され、臨時からそのまま俺の担当になったそうだ。 「だめだな、ちっとも思い浮かばん」 「そんなことじゃないかと思っていたよ」 毎日来てるんだから進行状況くらいわかってるんじゃないのか? というか佐々木よ、おまえ家にサボりに来てるんじゃないだろうな? 「作家の家に担当が行くのは立派な仕事じゃないか……あ、またこんな食事で済ませて」 テーブルの上に置きっぱなしになっていたカップ麺の容器を見ると佐々木は文句を言う。 佐々木は小説の進行だけでなく俺の生活にも注文をつける。 生活をきっちりすれば自然とアイディアも沸くとか何とか言ってたか。 「締め切り間際で時間が無かったんだよ」 「やれやれ、しょうがないな。昼、まだだろう?僕が作るよ」 そういって佐々木は手に持ったスーパーの袋を見せた。 何時も悪いな。 「いいさ、それで原稿が出来るんならね」 「ぐ……すまん、もうちょっと待ってくれ」 佐々木は手際よく料理の準備を始めている。 しばらくすると昼食を作り上げた佐々木が皿を持ってくる。 因みにその間小説は一行も進んでいない。 考えても浮かばないものは仕方が無い。 とりあえず飯にしようとテーブルに向かう。 いただきます。 そういってから箸をトンカツに向ける。 「ん、美味い」 「そういってもらえると嬉しいよ」 この辺はいつものやり取りだ。 最近佐々木は俺の様子を見に来るついでに飯を作ってくれるようになっていた。 食事をする間、雑談をする。 中学時代から何も変わらない。いや、ちょっとボキャブラリーは増えたか。そんな会話だ。 「しかし、俺が小説家になってるなんて未だに現実感の無い話しだ」 「そうかい?」 「そうさ、高校の時にハルヒの奴に書かされたのなんて今思えばひどいもんだぜ?」 「くっくっ……あの君のファンの間でまことしやかにささやかれている噂の君の人生初小説かい?」 「ああ、山も落ちも意味もないあれだ」 「あれはあれで中々興味深かったけどね」 「そんなんお前だけだ」 「せっかくだから家の雑誌で公表してみようか?『あの売れっ子作家の人生初小説』なんて見出しで」 「……勘弁してくれ」 未だに俺はこいつに口で勝つことは出来ないでいる。 昔から頭のいい奴だったししかたないな。 「……ほんと、幸運だよな」 「何がだい?」 「あんないい加減に学生生活送っておいて、お前と肩を並べて仕事できる地位にいること」 俺はどう考えても真面目な学生ではなかった。 成績は谷口と争うようなものだったし、大学にしたって受験に成功したとはいえ二流のとこだ。 あの時書いた小説を送らなかったら、俺は今頃三流の会社で馬車馬のように働いていることだろう。 「収入で言ったら君のほうが多いじゃないか」 「今はな、お前はこれからどんどん上がっていくだろうが俺は干されりゃフリーター同然になっちまう」 「そうかな?君だって実力はあるしまだまだ伸びると思うよ。君のその地位だって幸運なんかじゃなく実力相応のものさ」 「……そこまで自惚れる気にはなれねぇな。現に今だってスランプだし」 「……幸運といえばね、キョン。人生で最もついている時っていつだと思う?」 「そりゃ今だと思うぜ、こんな生活が出来るんだからな」 「僕もそうだ、今が人生で一番ついていると思う」 「……お前のは努力の結果だろ、俺と違って真面目に優秀な成績でやってきた結果だ」 高校も一流進学校だったし、大学だって何処の誰に聞いたって知っているような文句なしの一流大学だしな。 こいつのアレが幸運だというなら世の中に努力している人間はいないことになっちまう。 俺なんか怠惰の極みだぜ。 「そのことじゃないよ」 「じゃ、何だ?」 「僕はね、望んでこの業界に入ったわけだけど。やりたくない事だっていっぱいあったんだ」 「ほう」 「例えば、歳を食った偏屈な作家先生の担当になってヤニ臭い部屋で緊張して原稿待つとかね」 なかなかありそうなたとえを出してくる。 俺が新人賞を受賞したパーティーで必死に挨拶した某大家の先生はまさにそんな感じだった。 あのパーティーは俺の胃に多大なダメージを与えてくれた、出来ることなら二度と行きたくない。 ま、そういうわけにはいかないんだけどな。 「その点僕の人生最初の担当は君だよ?しかも相性が良いっていうんでまず変わることは無いときている。 おまけに君が売れっ子でいてくれるおかげで職場での僕の地位も上々だ、これを幸運といわずしてなんて言うんだい?」 佐々木の口調はどこか嬉しそうだ。 まぁ、確かに俺があのパーティーで味わったような胃のダメージを日常的に味わうのは御免こうむりたいだろう。 にしても、だ。 「人生で一番ついてる時、か……」 佐々木の話を聞いて頭にある発想が生まれた。 その発想は俺の脳にある知識やネタのストックと融合し一つの形を成していく。 この感覚、俺が作家になってから覚えた感覚だ。 「そう、それにね。こうして仕事を口実に毎日君の家に……」 「よし、それで行こう」 俺の発言は佐々木の言葉をさえぎってしまう、悪いとは思うが今は早く脳の中の発想を形にしたい。 「え?」 「この後の展開だ、人生で一番ついている時。これは使えるぜ。さすがだな佐々木」 「あ、ああ。原稿のことか」 「よし、忘れないうちに取り掛かるぜ。佐々木!今日中にあげれるかも知れんぞ」 予想外にしっくり来るネタをつかんだ俺は少々ハイになっていた。 俺はほとんど食べ終わっていた食事の残りを書き込むとすぐにパソコンに向かう。 これはいい、マジでしっくりくる。 俺と佐々木の相性が良いといったのは佐々木の上司だったか? その人はマジで見る目があるのかもしれん。 これからネタが浮かばないときは佐々木を呼びつけて雑談することにしよう。 俺の指先は佐々木が来る前とはうってかわって軽快なリズムでキーを叩いていた。 「まったく、こういうところは変わらないな、キョン……ま、原稿が出来るんなら良しとしておこうか」 15-845「作家のキョンと編集者佐々木」 15-866「編集者佐々木外伝」 15-895「モデル付き恋愛小説」 16-69「新人の宿命」 17-404「作家のキョンと編集者佐々木~調子のいい日」 17-718「『スイッチの入れ方』」
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義務教育である故に、苦も無く中学三年生に進級を果たした四月のある日のホームルーム直前。僕は隣の席の男子生徒に声をかけた。 「くっくっ、キョンというニックネームだったね。よろしくキョン君。くっくっ」 「やれやれ、お前もそうやって呼ぶのか。そんなに俺の本名って覚えにくいのか?」 彼はもはや呼ばれ続けられる事に悟りの境地に達しているらしく、表情は口調のわりに穏やかだった。 「くっくっ、他人の呼称でここまで愉快になったのは初めてだよ。実に面白い。もっとも、ファニーというよりはアミュージングと言ったところだね」 僕のこの話し相手と同姓になろうとするための特殊な言葉遣い。普通の、特に男子生徒が相手の時はかなりの高確率で拒否反応を覚える可能性があるが、彼は最初こそ面を喰らっただけで特に避けるような反応はしなかった。僕は自分でも変わり者だと理解しているが、彼もそれなりに変わり者だ。 「キョンなんて、実にユニークなあだ名だね。どうしてそんなことになったんだい?」 「ぐっ、……黙秘権を求める」 どうやらあまり言いたくない間抜けなエピソードらしい。実に興味深い。 「構わないが、そうなると証人を法廷に召喚する必要があるね。国木田あたりなら適切かな」 僕は比較的キョンと厚い友好関係を育んでいる国木田を指差した。 「……言えばいいんだろ。言えば」 「急に素直になったね」 「あいつはいい奴だが、どうも俺の話に尾ひれどころかお頭をつけて話を広めて面白がるところがあるんだよ。他人にあることないこと吹き込まれるくらいなら自分で証言するさ」 くっくっ、国木田ではなく黒木田だね。 教室の隅で国木田のくしゃみが聞こえたことによって周りの女子生徒が嬌声をあげた頃、キョンが証言を始めた。 「一回しか言わないから覚えとけよ。いや、やっぱ忘れてくれ。……とにかく聞け。一番最初に「キョン」って呼び始めたのは親戚の叔母さんだったかな。何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンくん大きくなって」とか何とか勝手に俺の名前をもじって呼んだんだよ」 親戚との仲が良好なのに越したことはない。そうしておけば遺産相続などの時に大してもめずに済むよ。遺産相続による骨肉争いほど、人間の醜さは露呈しないものはないからね。 「うちの一族はもめるほど遺産なんかもってねーよ。それでその間抜けなあだ名を妹がすっかり気に入っちまってさ。家に遊びに来た友達に言いふらしたのが始まりだ」 「それはなかなか心温まるエピソードだね。ふむ、妹さんがいたのか。僕は一人っ子だからね。羨ましいよ」 彼の妹か。僕の頭の中で邪気のかけらも無さそうな女の子が、彼と仲睦まじく遊んでいる姿が想像された。会ってみたいね。 「その内な」 彼は社交辞令的な返答を返した。楽しみにしておくよ。 「くっくっ、それにしても実によくできた妹さんではないか」 「……本当はアミュージングじゃなくてファニーだろ」 半分は正解、つまり両方さ。 「くそ、それまではちゃんと「お兄ちゃん」って呼んでいてくれていたのに。妹よ」 「へえ、キミの下の名は何というんだい?」 僕達が隣の席という間柄になってまだ数日。僕は彼の名字しか覚えていなかった。ちょうどよく名前が話題だ。いい機会ではあるし聞きなおしておこう。 「やっぱ忘れてんじゃねえか」 「じゃあ聞くが、僕の下の名はなんて言うか覚えているかい?」 彼の顔が一瞬だけ曇ったことに僕は見逃さなかった。 「安心してくれたまえ。僕も後で名乗り直すからね」 僕がそう言うと彼は小さな声で「すまなかった」と謝ってから、自分の名を名乗ってくれた。 「それがキョンになるのか?いったいどんな漢字で……あ、言わないでくれたまえ。推理してみたい」 僕は机の中から筆記用語と大学ノートを取り出し、しばし推理に没頭した。 「くくく。多分、こんな字を書くんだろう」 ノートにさらさらと書き綴った文字を見て、彼は感嘆の句をあげた。彼が言うには一画一画見事に正解だったらしい。 「由来を聞いていいかい?この、どことなく高貴で、壮大なイメージを思わせる名前の理由」 ――その日から、僕は彼を「キョン」と呼ぶことにした。 「おや、放課後に手を振って別れたばかりだと思っていたが、この再会は予想だにしていなかったよ。こんばんわ」 「なんだ、佐々木もここの塾だったのか」 翌日の夕方。僕は通っている塾でキョンに会った。 「ああ。通い始めたのは今年になってからだけどね」 「周りは知らない奴らばっかみてーだからな。お前に会えてうれしいよ」 キョンのストレートな物言いに、一瞬だけときめきを感じてしまったのは認めよう。どうやら僕の精神はまだ老成していないようだ。 「佐々木、今日はどこからやるんだ?」 彼はこの塾で配布しているテキストを開きながら聞いてきた。 「なら僕の隣に腰を落としてくれたまえ。そこは今のところ無人の席だし、隣の席なら教えることに対して、何かと手間が省けるだろうからね」 「そうか。お前がそう言ってくれるなら俺が拒む理由はないよ。サンキュー」 彼は年齢に似合わず「どっこいしょ」と言って椅子に腰をおろした。 「くっくっ、キミは年齢でも偽ってるのかい?その歳でそのセリフは、あまりにも品がないよ」 「ほっとけ」 塾の窓から覗く空が黒く染まり、月が煌き始めた頃、今日の講義は終了した。 「くはー。学校でさえあんまり勉強してねえのにこれからはさらに勉強時間追加かよ。疲れたあ」 「……受験生の身分なのにそこまで開けっぴろげに勉強不足を宣言するなど正気の沙汰と思えないが、これでキミの下げ止まらない成績が下げ止まってくれればいいのだが」 「まあな。それじゃ帰ろうぜ」 「へ?」 僕は反射的に背後を見た。しかし背後には無機質な白い壁があるだけで何も存在していなかった。それはつまり僕に言ってるのかい? 「お前以外にいるかよ。お前は言葉遣いが少し特殊だが、生物学的には女だろ?一人で帰すわけにはいかん」 「ああー、……でも僕はバスだし」 「ならバス停まででいいか。まあ暴漢避けには少し心もとないだろうが、いないよりはマシだろ」 ひょっとしたら何か下心があってそう言っているかもしれないが、彼はどうやら本気で僕の帰宅を心配してるだけみたいだ。 「ああ、うん、じゃあ……ありがとう」 「佐々木、寒くないか?」 彼の声が耳に届く。 「大丈夫だよ。肩で風を切っているとは言え、僕は長袖シャツを着用しているからね」 むしろすこし熱く感じるくらいだよ、とは言わないでおいた。 僕は今日、初めて法律違反を犯したことになるのかな。道路交通法も国で制定された立派な法律だからね。え?何をしているかって? 「僕にとって自転車の二人乗りなんて初めての経験だよ。キミみたいに乗せてくれる人もいなかったしね」 「へー。やっぱ佐々木だな」 「ねえーなにがやっぱりなのかなあ。キョン君?」 失礼な奴だ。僕がモテナイとでも……まあ事実だけどね。……くっくっくっくっくっくっ。 「不気味に笑うな。その笑顔は戌の刻に見るのは恐すぎる」 「こんなときに限ってのみ、なぜキミは和時計で使用された辰刻が使えるのかは甚だ疑問ではあるが、なにがやっぱりなんだい?」 僕はとりあえずキョンの脇腹をつねっておいた。自転車の荷台に横座りしているだけだからたやすく手が回せられる。 「いたっ!いや、別にお前がモテなさそう……つーかクラス内でもお前はかなり端整な顔立ちをしてるけど、でもなくて。佐々木って真面目そーだと思ってたからな。二人乗りなんて危険な乗り方したことないだろうかと思ってな」 「まあさっきも言ったとおり初めてだけどね」 しかもその相手が同じ教室の隣の席の男子。くっくっ、まるで三流脚本家の創造された使い古しの青春ドラマのようだ。 「でも悪くはないね」 「ん?なんか言ったか?」 「いや、僕の最初の悪事はキミのせいだと言っただけさ」 「人のせいにすんなよ。駐輪場で二つ返事で荷台に飛び乗ったのはお前だろ」 それは言わないでおくれ。僕だって早く家に帰ってゆっくり休みたい気分ではあるからね。 「佐々木、あのバス停か?」 キョンがアゴで指した先、紛れも無く僕が帰宅時に使用しているバスの停留所だった。 「そう、あそこだ。停めてくれ」 キキィーッ。タイヤとブレーキがこすれるわずかな音が聞こえ、僕たちの乗車している自転車は停止した。 「キョン、感謝しているよ。ありがとう」 「バスはすぐ来るのか?」 腕時計を確認したが、どうやらすこしだけ到着が早かったようだ。 「僕の感覚で考えれば、あと十分は長くないかな」 「そうか。そんぐらいなら一緒に待ってやるよ。一人じゃ退屈だろ?」 「否定はしないさ。重ね重ね感謝するよ」 「どういたしまして。どっこいしょっと」 彼は塾内でも使用した年齢に不相応なおじさんくさい言葉を吐きながら、停留所のベンチに腰をおろした。 「くっくっ、キミは本当に中学三年生かい?本当は留年でもしてるのではないのか?」 「そんなに変か?お前の男言葉の方がよっぽど変だと思うんだが」 「僕は良いのさ。自覚して使用してるからね」 「そういうもんかね。なら若者らしくこれからは控えることにするよ」 「その言葉もおじさんくさいよ」 「うっせー」 バスが到着するまでの十分間、そんな他愛も無い会話を交じらせていた。 まあ少しだが「バス遅れて来ないかな」と思ってしまうくらいに楽しかったさ。 桜の花弁はすでに散り落ち、ゴールデンウィークという映画業界陰謀短期集中型一過性休日集合週間なるものが近付き始めた今日この頃、我がクラスは局所的に変化しつつあった。 どう変化したか?なに、僕には縁のないことさ。 「キョン、この教室内の一部の男女の組のみ、ある変化が起きていることに気付いているかい?」 隣の席でソフトスパゲッティー式麺なる消化のよい強力粉を使用した給食、通称ソフト麺を食している彼に問いかけてみた。 「は?」 ……どうやら小指のつめの垢の体積よりも気付いてないようだ。 「これは愚問だったかな。僕にしては出題ミスしたようだ。忘れてくれ」 「その言い方だとまるで俺がアホみたいじゃないか」 「そんなことは思っていないよ。ただ周囲の変化に囚われることなく我が道を歩む求道者だとは思ったけどね。そのマイペースぶりは持とうと思って持てるものではない。大切にしたまえ」 「……お前が女じゃなかったら頭を子突くくらいはしてたぜ。遠まわしに鈍感って言ってるじゃねえか」 そう言いながらも、キョンはエサが捕らえられなかったライオンの子供みたいな顔で周囲に注意を払いはじめた。 「……わからん。ヒントをくれ」 「そうだね。岡本さんはその中で一番わかりやすいかな」 僕はパック牛乳を堪能している岡本さんを示した。 キョンはしばらくの間、岡本さんを注意深く観察したが、やがて諦めたように僕のほうに顔を戻した。 「降参だ。一体なんなんだ?」 「岡本さん、どうやら恋人ができたらしい」 「ふーん。それで?」 特に興味を示さないようだ。気のない返事をしてからソフト麺のミートソースを胃に送り始めた。 「おや?やけに淡白だね」 「ぶっちゃけるとどうでもいい。岡本の幸せを願うぐらいはさせてもらうがな」 「くっくっ、実に面白いね」 「何がだ?」 僕は彼の耳元に近寄り、小声で囁いた。 「僕の意見もキミと同じさ。彼女の幸せを心から願ってはいるが羨ましいとは思わない。なぜなら他人の幸せを嫉むほど今の世界に失望をしてないし、羨むほど自分に絶望はしていないからね」 もう一度岡本さんに視線をくれた。この世の幸せを存分に謳歌しているような表情をしている。 「たぶん彼女の頭の中は、今、とても輝いているだろう。でもその思いは本当に「愛」から来ている物なのだろうか?」 「またずいぶん壮大なテーマだな」 「僕と付き合っているとこれから先もこんな会話は日常茶飯事だよ。……話を戻そう。僕はそうは思わない。いや、より正確に分析するならば、愛が全ての理由にはならないと考えている」 「うーん……つまり?」 「遺伝子にそう刻まれているのさ。次代により優性な子孫を残すために、他人と交わる。そうすることで少しづつだが着実に優秀な遺伝子を伝えられる。僕が面白いと言ったのはここさ。彼女は遺伝子の伝達のことなどおくびも考えていないだろう。しかしだ、彼女は遺伝子の命令に従って恋愛を楽しんでいる。どこか滑稽に感じないかい?まるで見えざる何かによって動いているマリオネットのようだ」 「……なあ佐々木」 キョンはいままで見たこと無いほど……と言ってもまだ一ヶ月くらいしか行動を共にしていないが、難しい顔を作って聞いてきた。 「どうかしたかい?」 「すまん、まったくわからん。つーか難しすぎて話が理解できない……えーとつまり人間が誰かと付き合うのは未来の子供のためってことか?」 やれやれ、難しい顔を作りながら何を言うと思ったら……くっくっくっくっく…… 「あーはっはっはっはっは!」 僕の突然の馬鹿笑いに、キョンどころかクラス中の学友達も驚いてしまったようだ。当然だ。自分でもこんな笑い方ができるとは想像すらしていなかった。 「さ……佐々木さん?今のどこらへんがあなたのツボっだったのでしょうか?」 「いやーこれは失礼……くっくっくっくっ、例えるなら流鏑馬で狙った的からは反れてしまったが、かわりに隣の的のど真ん中に命中してしまった騎手の気持ちと言ったところかな……くっくっくっくっ」 キョンは奥歯に異物が挟まったようなわけがわからない困惑した顔で僕を見ている。 「やはりキミは最高だ。聞いて無い様で聞いている。理解してないようで理解している。実に見事に本質を理解した。そう、つまり僕たちは自分の子供のために生きているのさ」 僕たちは次代のため、その次代はまた次代のため。そうやって僕たちはこの世界に生まれてきたし、これからも産んでいく。 変わることの無い命の螺旋。そういった意味では僕たちはある意味永遠の存在ではないだろうか。 「よくわかんねえけどお前が納得したならいいか。それよりソフト麺がノビてるぞ」 キョンは箸で僕のソフト麺の盛り付けられた器を指した。それはもはやソフト麺ではなくベロンベロンにノビきった小麦粉の塊に成り下がっていた。しまった。つい話に熱中するあまりすっかり忘れていた。 僕は一口、口に入れた。うう……冷めてズルズルにノビきってしまってとても食べられる代物じゃない。 「半分くらいなら貰ってやろうか?」 キョンは見兼ねてこんな提案をしてきた。それは今の僕にとって正に渡りに船であった。しかし、 「とても助かる申し出だが丁重にお断りしよう。これは僕がまいた種みたいなものだからね。責任持って処理させてもらうよ」 さらにもう一口。……うぐ、これはせっかく仕入れてくれた業者にもうしわけないな。 「……キョン、やはり四分の一、いや三分の一くらい貰ってくれないか?」 キョンは手のかかる子供を慈しむような自愛の笑顔を浮かべ、お決まりの「やれやれ」のフレーズを呟いてから僕の器からノビたソフト麺を半分ほどさらっていった。 三分の一でいいと言ったのに……、キミはやはり優しいね。 とは言わず、代わりに軽く礼を言ってから給食の残飯処理に戻ることにした。 『完』
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(佐々木団+キョンIN喫茶店) キョン「佐々木、ちょっと話したいことがあるんだが」 佐々木「君から話題を振るなんて珍しいな……いいだろう、聞こうじゃないか。何だい?」 キ「いや、他の奴らには聞かせたくない。二人だけで……ぜひ、お前だけに相談したいんだ」 佐「な、何をあらたまって……し、仕方ないな。橘さん、九曜さん、藤原、悪いけど、ちょっと席を外してくれないか」 ………………………… 佐「よし、三人とも外に行ってくれたよ。で、話って?」 キ「実は、今日は親友としてじゃなく、一人の女性としてのお前と話がしたいんだ」 佐「えっ……ど、どういうこと?」ドキッ キ「俺のことを、今までみたいなただの友人だと思わず、一人の男だと思って、ある質問に答えてほしい」 佐「……き、キョン……い、異性としてだって? 何を言う気なんだ……?」ドキドキ キ「お前なら、きっと誠実に答えてくれると思う。どんな答えが出ようが、俺は受け入れる覚悟だ」 佐「……君に、そこまで言ってもらえるなんて……わかった、何でも聞いてくれ!」 キ「ありがとう、佐々木。じゃあ聞くが…………」 佐「…………」ドキドキドキドキ キ「九曜と付き合いたいんだが、女としてはどんな風に告白されると嬉しいんだ?」 ガシャーン(喫茶店の窓が割れる音) 橘「ひい!?」
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キョン「…ゴクリ、さ、佐々木さん…?」 佐々木「ん?何だい、キョン?」ぐに~ぃっ、パキィッ! キョン「…あの…」 佐々木「ん?」ニコニコ ぐに~ぃっ、パキィッ!! キョン「な、何を…してらっしゃるのですか…?」(笑顔が…、…怖い) 佐々木「…」 ぐに~ぃっ、パキィッ!!! 佐々木「…キョン、キミには私が何をしているように見えるかな? ニコッ」 ぐに~ぃっ、パキィッ!!! キョン「…」 キョン「…D、…DVDを…割ってる、ように…お見受けしますが…」(ううっ、これはマズイっ…!!!) 佐々木「…」 ぐに~ぃっ… 佐々木「…そう」 パッキィィッッ!!!! キョン「ゴクリ…あ、あの…、あまり、割られるのは、困るといいますか…なんというか…ははっ…」(佐々木に見つかるとは…っ!!!) 佐々木「いくらだい?」 ぐに~~~~~ キョン「え?」 佐々木「弁償するよ、いくらだい?」 にぃ~~~~~~ キョン「あ、いや、そういうのは…いいんですけど…」(そ、それは2番目にお気に入りの…ああっ、曲がってる、めっちゃ曲がってる!!) 佐々木「ちなみに全部割るよ」 ぱきぃぃぃぃぃぃぃっ キョン(あああああああああああああああ!!!!?????) 佐々木「すまないねキョン、あとで存分に叱ってくれ、そんなに『大事な』データが入ってるとは思わなかった」 スッ キョン(うおおおおおっ!?ついに俺が何度だろう!?自分でも忘れるくらいお世話になったNO.1DVIDを手にぃいぃぃぃぃぃ…!!??) キョン「わ、わかった佐々木…っ!!あ…謝る!!な…なんでだろう?とりあえず謝らせてくれ…いや、下さいっ!!」 キョン「謝るからっ…!!そ、それだけはぁっ!!!!!!!」 佐々木「…」 佐々木「…そんなに『大事』なDVDなのかい…?」 キョン「…」 キョン「あ、…ああ…『大事』だ…!!」 佐々木「…!!!」 佐々木「こ、このDVDに入っている『モノ』は…っ!!」 佐々木「ぼ…ぼ、ボクヨリダイジナノカイ? ゴニョゴニョ///」 キョン「…ああ、大事だ…」(ドキドキ) 佐々木「……」(…僕より…) 佐々木「…そっか…」(大事、か…) 佐々木「っ!!」 ぐに~~~~~~~ キョン「!!」 キョン「お、おいっ!!…それはっ、…それは『お前』の動画が入った『俺の大事な』DVDなんだぞっ!!!」 佐々木「!?」ぴたっ 佐々木「…え?」 キョン「はぁ、はぁっ、…そ、それはなあっ…修学旅行中に撮影した『お前の』動画が入ってるんだ‥」 佐々木「…え…え?///」 キョン「…俺の宝ものだ‥お宝DVDだっ!!だから頼むっ、それだけは勘弁してくれっ!!!」 佐々木「あ、あ、あのっ、え、…え?ぼ、ぼぼぼぼ僕の動画…?が、お、お宝…??///」 佐々木「な…ななななななな何を言ってるんだいキョン…///」(お宝!?お宝!?キョンが、キョンが、私の動画で…っ!!??) 佐々木「…」 佐々木「ち…」 佐々木「…ちなみに、どんな動画なんだい…?///」 キョン「…」 キョン「佐々木の着替え入浴盗撮2日間!!!」キリッ 佐々木「やっぱり割るよ」 ばきぃいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!! ~おわり~
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――シュワシュワシュワァァァァァァ…………… ヒグラシ達は自分の一生を悔いの無いものにするため、止む事無く耳障りな求愛行動を続けている。 「だあ!うるせえ!」 どうやらあまりの暑さとうるささに、キョンの堪忍袋の尾が切断されたようだ。同時に勉強机代わりに使用していたちゃぶ台から立ち上がった。 「キョン、落ち着きたまえ。君がいくら騒いでもヒグラシ達は君の願いを聞き入れたりはしない。過去に学者が蝉の鳴き声は大砲の炸裂音にも勝るという実験結果を出したくらいだからね」 「それでもうるせえもんはうるせー!こっちは模試の結果が芳しくなかったんだよ!」 キョンはあぐらをかいて、いらだたしげ頭をかきむしった。 「キョン、蝉のせいにしてはいけないよ。もし仮に、蝉が僕達受験生の妨害工作をするために嫌がらせをしているというなら、僕だって前回の模試は悪かったはずだ」 「……はあ。蝉なんか絶滅しちまえ。受験生にとっちゃゴキブリの次くらいの害虫だ。その功績を讃え、俺から「世界害虫ランキング」の銀メダルをくれてやるよ。だからそれ持って消えてくれ」 今日はいつもより明らかに言葉遣いが悪い。しかし気持ちはわかる。エア・コンディショナーの労働を疑いたい程の暑さだ。仕方ないことではあるね。 「お前はさっきから涼しい顔で問題集問いてるよな。どんな体のつくりをしてるんだよ」 キョンは襟を開き、下敷きで風を送って涼んでいる。 認めよう。普段の僕ならその剥き出しの鎖骨に目を奪われるだろうが、僕の頭は少しでも体温の上昇を抑制するためか、頬の血行の循環は良くならない。人間の体とは便利であるね。すこし複雑ではあるが。 「キョン、僕だって暑さを感知していないわけではない。実際問題、君が僕の部屋にいなければ、おそらく下着姿で問題集を埋めていただろう。その点を考慮すれば、君がいるおかげで僕は羞恥心をかなぐり捨てずに済んでいる。感謝しているよ」 「少し残念な気もするが……」 「キョン、な、に、か、言、った、か、い?」 「いえいえ佐々木さん。なんでもございません」 キョンは誰が見てもわかるくらいに動揺しながら視線をそらした。わかりやすい奴。この助平。 「キョン、君との会話は僕に安らぎと驚嘆を与えてくれるが、妄言はそこまでにしてそちらに取り掛かっておくれ」 僕は先ほどキョンが投げ出した問題集を指さした。君が一段落ついたら昼食にするから、それまで一念発揮してがんばってくれ。 「日曜だってのに、いつもすまんな」 「かまわないよ。君に勉学を教えることは僕の復習になる。それにただの復習になるだけでなく、さらに深い知識となって返ってくるからね。だから気にしないでくれ」 キョンから投げかけられる疑問は的を得ているし、時には僕の想定以上の回答が生まれることがある。つまり飽きない。 「お前の家での楽しみつったら、お前の講義とお前の手料理くらいだからな。期待してるぜ」 くっくっ、君の期待に応えられるように頑張るさ。 そしてまた、僕たちは机の上の問題集達を切り崩す行為に戻った。 「キョン。こんなものしか用意できなかったが、召し上がってくれ」 「涼しくていいじゃないか。最高だよ」 本日の昼食は冷麺だ。他の地方では「冷やし中華」「冷やしラーメン」と呼称するらしいが、関西一帯ではこの呼び名が一般的のようだ。 「大袈裟だね。ゆでた中華麺の上に細切りのハムに叉焼 、錦糸卵、キュウリにトマトをのせただけの代物だよ。大した手間ではない」 テーブルの勉強道具を片付け、向かい合って手を合わせた。 「ああ、ちょっと待ってくれ」 僕が食材達への感謝の意を心の中で呟いていたときだ。どうしたんだい?くっくっ、ひょっとしてフォークでなければ食べられないかい? 「俺はそんなにお子様じゃねー。まあ妹なら欲しがるが。じゃなくて、マヨネーズはあるか?」 「冷麺にマヨネーズ?君は変わった嗜好をしているね」 美味しいのだろうか?タレでマヨネーズがべチャべチャになって、あまり気色の良い料理とは思えない。 「ほっとけ。この前の盆に、ばあちゃんの家で冷麺が出てきてな。静岡の親戚がこれにマヨネーズをかけてたんだよ。けっこううまかったぜ?」 「そうか。なら少し待っていてくれ。今からマヨネーズを取ってくるよ」 「二度手間で悪いな」 彼は少しだけ申し訳なさそうに頭をかいた。 「かまわないよ。僕も少しだが興味はあるしね」 マヨネーズか。僕の想像を超えた嗜好である。食べたいとは思わないが見てみたい。 キョンは僕からマヨネーズを受け取ると、冷麺の中央にケーキのデコレーションのようにマヨネーズをトッピングした。マヨネーズが乗った分、タレはスプーン小さじ一杯。少なめだ。 「なるほど。マヨネーズを上からかけるかわりに、タレを少量におさえるわけか。確かに利には適っている。これならマヨネーズが崩れる心配もない」 「多分、冷麺の食い方にそこまで難しい分析をしたのはおまえだけだ。きっとこいつらの故郷の中国にだっていねえぜ」 「キョン。みんなは誤解しているが、このタイプの冷麺の発祥地は日本の東京都だ」 「へえ、そうだったのか」 キョンは僕のウンチクに耳を傾けながら、冷麺を胃に送り始めた。僕もそれに習い、食事を開始した。 「ああ。というより、中華圏には酢を使用した冷たい麺料理は存在しないようだ。あちらの人々は、どうも酸味のある冷たい料理を食習慣から腐敗による酸味と捉えるため、日本の冷やし中華や酢飯などを嫌う傾向にあると聞いた」 「それじゃ、あっちの奴らの寿司はただの白米かよ。もったいねえな。あんなにうまいのに」 「まったくだ。僕たちにとって寿司は酢飯の酸味と新鮮な生魚が醸し出す究極の日本料理だと言うのにね。その国の風土を否定するわけではないが、僕たち日本人にとって、世界に胸を張って自慢できる料理が完璧に伝わらないなど嘆かわしいかぎりだ」 僕がそう言うと、キョンは何か思い立ったかのように言葉を吐いた。 「そういや寿司の起源は日本じゃなくて中国にあったって知ってるか?」 「くっくっ、僕を言い負かすつもりだっただろうが愚問だね。2世紀末成立の『釈名』という書物に記されていたらしく、魚を塩と飯で漬け込んで、熟してから食べる料理が起源だったらしい」 「お前はウィキペディアかよ。ちっ、知ってたか」 キョンは悔しそうに舌打ちをしてしまった。雑学で僕に先手を取るなど君には無理さ。 「む、ならこれはどうだ。平安時代の寿司は……」 「なれ寿司とよばれていて、魚を塩と飯で漬け込み熟成させていたが、食べるときには米を抜いていた。ちなみに米を同時に摂取するようになったのは室町時代に入ってから。だね?」 キョンは目を見開いて絶句してしまった。くっくっ、どうやら僕の勝ちみたいだね、キョン。 「つーか俺の答えより詳しいじゃねえか。降参だ。お手上げだ。全力で白旗振ってやるよ」 キョンを完膚無きまでに叩き込んでから、胃に麦茶を流し込んだ。やはり勝つことは気分がいい。自然と笑みがこぼれてしまう。 「はあ、これで勝てたら次は天ぷらの起源はポルトガル語だって言おうと思ったんだがな。やれやれ、寿司でこんだけ詳しいなら、さすがに知ってるか」 キョンはため息と同時に捨て台詞を呟いた。…………………………え? 「……それは本当かい?」 僕はグラスに注がれている麦茶を半分ほどで飲むのを止めた。 「へ?知らなかったのか?16世紀頃に、ザビエルみたいな奴らがキリスト教と一緒に伝来させてな。まあそん時は「南蛮焼き」って言われてて、どっちかつーとフリッターに近かったみたいだが、それが起源らしいぜ」 ……不覚。まさかキョンに雑学で言い負かされるとは。 今度は僕が悔しがる番のようだ。僕の苦虫を噛み潰した顔を見て、キョンの頭の上に勝利の二文字が浮かんでしまった。悔しい。 「もういいよ。残りは自分で調べる」 「そうかそうか。佐々木にも知らない雑学があったか。ちなみに名前の由来はポルトガル語の temperarから来ていて、意味は「調味料を加える」「油を使用して硬くする」らしいぜ」 喜色満面。キョンは得意げに知識を披露し始めた。聞こえなかったのかい?もういいと言ったはずだが? 「悪い悪い。お前の悔しがる顔なんて珍しいからな。しっかりと俺の網膜に焼き付けておくよ」 「……キョン、君はいつからサディズムに目覚めたんだい?悔しがってる人に追い討ちをかけるなど鬼畜以外の何物でもないよ」 「ハハハ、それこそ大袈裟だな。ついで言うと漢字で書く「天麩羅」は当て字で、江戸時代の山東……」 「後で調べる楽しみが減る!聞きたくない聞きたくない!ワー!」 僕は両手で耳を塞いでわめき散らした。中学生の分際で言葉責めをするなんて、君はなんてヒドイ人だ。 「悪かったって。だから機嫌を直せよ。な?」 「フン。私語は受験生にとって集中力を欠く典型的な行為である。よって口を開く前に問題を解くべきだ」 勉強会午後の部開始である。だが、僕の気分は先の昼食時から下降し続けている。 「さっきから俯いたまんまじゃねえか。その姿勢だと肩凝るぜ?拗ねるなって」 「……別に僕は拗ねてなどない。それに勉強中は集中するといつもこんな姿勢だ」 ああ、思いっきり拗ねてるさ。君は僕の役目は奪った。拗ねるに決まってるだろう? 「じゃあ、その食事中のリスみたいに膨らました頬はなんだ。モノマネか?」 僕は自分の頬に触れてみた。……確かに見ようによっては膨らんでいるように見えないこともないような気もしないでもない可能性が申し訳程度に存在しないこともない。いつも思うのだが、そのたまに見せる無駄な鋭さはなんだ。なぜもっと肝心な場所で発揮されない。例えば模試の時とかにね。 「これは……飴玉だ。程よい糖分は頭の回転を助ける効果がある」 適当に応えておくことにした。 「いつ舐めたんだよ」 「さっき」 もう話しかけないでくれ。問題集に集中できないし、何よりそろそろボロが出てしまう。 「佐々木。へそが曲がってるぞ」 「え?」 唐突に発せられたその言葉に、僕はついへその周囲に触れるという反応をしてしまった。そしてへそを曲げるという慣用句の意味を思い出したのは、キョンのニヤリとした笑顔を見たと同時だ。 「………………このいじめっ子。幼稚園からやり直して女の子に優しくするというフェミニスト精神を学んで来るがいい」 「多分暑さで脳みそがやられてるんだろ。悪かったって」 「絶対関係ない。その理論でいけば、赤道直下の東南アジアの国々の人々は皆サディストと仮定される」 「さてと、お遊びはここら辺にして真面目に勉強に取り掛かるか。佐々木、ここが良くわからん。どう解けばいいんだ?」 キョンはシャープぺンシルの頭で、その問題文をトントンとノックした。 「ああ、ここは確かに難解な説明をなされているが、惑わされずに基本の公式さえしっかり理解していれば簡単だよ」 「そうか。それならもう少し自力でやってみるよ。ヒントありがとうな」 「それがいい。君はどうも人に頼る部分があるからね。それに君は自分の実力を過小評価しすぎだ。僕は君はもっと伸びると思うよ。それこそ僕と同じ市外の進学校に進めるくらいにね」 「それは買いかぶりすぎだ。俺なんか北校で手一杯。お前に教わらなきゃもっと下だったかもしれん」 いい加減凡人を装うのは止したほうが良い。僕みたいに難解で、傍から見たら面倒な女の思考に真っ向からぶつかれる君に、理解力がそなわっていないわけがない。 鈍感だと思えば無駄に鋭くなるし、鋭い指摘をつけば鈍感になる。君はいったい何者なんだい?天邪鬼か気分屋か、それとも僕の想像をはるか超越する稀代の天才か。 「まったく。君って奴は……」 「どうした?」 「いや、なんでもない。気にしないで勉学に戻ってくれたまえ」 「へいへい。…………良し!これでどうだ?」 のんきだね。僕はいつか君に抜かされるかもしれないと、常に焦燥感に襲われているというのに。 僕を抜くことはとても嬉しいが、それは同時にとても寂しい。本当に君はヒドイ人だ。 「……注文は以上です。お願いします」 オーダーを取りに来たウェイトレスのゼロ円スマイルに、僕は笑顔を返した。 「お前は俺にかける情けはないのか?頼みすぎだ」 「君は僕を辱めた。それがリーズナブルなファミレスでの夕食で許されるのだ。感謝はされこそ咎められる覚えはない」 僕は仕返しの意味をこめて、わざと「辱めた」の部分だけ声を張り上げて強調した。 「はあ、わかったよ。今日はジャンジャン食え。遠慮するな」 そのつもりだ。今日はいつもの倍は頭と気苦労を使ったため、空腹が臨界点を突破しているよ。 「ふう、僕は満足している。ごちそうさま」 「これで今月は質素な生活決定だよ。どうしてくれる」 さあ、どうだろうね。僕としてはジャンボカツが予想以上にジャンボだったことと、会計終了時の君の青い顔くらいしか興味をそそらなかったからね。 「どっちがいじめっこだ。歩かすぞ」 「今運動すると凄いことになる可能性があるので拒否する。それに僕は君の自転車の荷台が気に入っている。だからしっかり漕いでくれたまえ」 夜風が僕の髪を撫でる。 頭上には月が煌く。 自転車を漕ぐ君の背中。 僕はそれらを眺めながら、鼻歌を口ずさんだ。 「きれいなメロディーだな。なんて歌だ?」 運転中のため、キョンは振り向かずに聞いてきた。 「さあ、僕にもわからない。なぜならこれは今ここで生まれた曲だからね」 「やっぱりお前は何でもできるな。じゃあついでに今すぐ題名を決めてくれ」 「くっくっ、これはまた性急だね。ちょっと待ってくれ」 しばしの思案後、ある単語が思いついてしまった。 「自転車の歌。どうだい?」 ガタン!僕の発表に反応したかのように、一瞬だけ自転車は大きく蛇行してしまった。つまりコケかけたのだ。 「……………………ネーミングセンスは人並み以下なんだな」 「……ほっといてくれ。自覚はしている」 どうせ僕は犬を見たらポチだし、猫はタマとしか思いつかない人間さ。 「なら君の案を聞かせてくれ。そこまで言うならば、さぞ立派なタイトルなんだろうね」 「勘弁してくれ。夏が冬に変わっちまうくらい寒いのしか思いつかん」 「それは聞いてみたいね。今夜は熱帯夜になることが予想されるしちょうどいい。聞かせてくれ」 「暑いならデザートとしてあそこのコンビニでアイス食わねえか?奢ってやるぞ。つーか奢ってやるから忘れてくれ」 キョンは自転車を止め、目の前のコンビニを指さした。貸し一だよ。 「頼むから忘れてくれ」 くっくっ、絶対に覚えておくよ。 「ここで食おうぜ」 数分後、コンビニでキョンはアイスモナカ、僕は氷菓の宇治金時カキ氷を購入し、近所に高級分譲マンションが建つ公園のベンチに腰掛けた。 僕は小さく頷いた。 「ん?どうかしたか?」 僕のいつもと違う様子に勘付いたのだろう。キョンは不思議そうに僕の顔を眺めてきた。 普段の僕ならば、宇治金時カキ氷について様々なウンチクを語りながら楽しく食べるだろうが、今はどうも緊張してしまう。 狭いベンチだ。僕のすぐ隣にはキョンの肩。触れそうで触れないこの距離がもどかしい。 「そんなにのんびり食べてると溶けるぞ」 まったく。君は本当は僕の気持ちに気付いてるんじゃないのかい?やれやれ……本当に君はヒドイ人だ。 「僕は……」 「ん?どうした?」 「……いや、何でもない」 だめだ。これ以上言ったら僕は引き返すことができなくなる。 君は僕に恋愛感情を抱いていない。それぐらい見ていればわかる。 僕が君に気持ちを伝えても、君はそれには応えてくれない。応えられない。 だって僕達は『親友』だから。 その時、夜空に一筋の流れ星が流れた。 キョンはアイスにかぶりついていたため、気付かなかったようだ。 僕だけが気付いた流れ星。僕は願い事を心の中で呟いた。 『またいつか、私と二人っきりでアイスを食べてください』 完
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夏休みも終わり、まず、新学期が始まり、最初に学校で行われた事は、テストである。夏休みの間、勉強していたか どうかの学校側の確認作業みたいなものだ。 「今の君なら、大丈夫だよ、キョン」 佐々木の言葉通り、中学時代の俺とは違う。落ち着いて、試験は受けられた。まあ、これも佐々木がいてくれるから こそ言えるセリフだが。 試験の結果は、満足のいくものだった。俺は、学年上位十番内に入っていた。 「大したものだね、キョン。君と一緒に塾に行っている僕としては、実に嬉しいことだ。君の御母堂も、さぞ喜ばれ ているだろう」 佐々木の言うとおりで、母親は非常に喜んでいる。そして、例の口癖。「佐々木さんと同じ大学に」が、最近では「 絶対同じ大学に行きなさい」に変わってきた。 俺自身も、最近では努力すれば、佐々木と同じ大学に行けるのではないかと考えるようになった。まあ、どんな進路 を選ぶかで行く先も変わるだろうし、そこに佐々木が学びたい物と俺が学びたい物が存在するかどうか、保証の限りで はないが。 ちなみに、成績一位は佐々木、二位は国木田、三位は長門、四位は涼宮、五位が俺と古泉(合計点数が同じだった) で、六位が朝倉と、文芸部とSOS団で成績上位を独占する結果になった。 試験が終われば、次は体育祭がある。秋は何かと忙しい。体育祭の後には、すぐに学園祭もあるのだ。 学校側も過密日程を考慮して、来年からは体育祭を五月に移す方向で検討しているらしい。まあ、受験とか考えたら 妥当な判断だとは思う。 我らが文芸部も、学園祭に向けての準備は着々と進んでいた。文芸部の部誌の原稿も大分書き上がっている。先日長 門が書いた恋愛小説を読んだが、素晴らしい出来栄えだった。頭もいいが、文才もあるようだ。 「それじゃ、みんな、今からペアを組んで」 クラス委員長の朝倉の指示に従い、男同士、女同士でペアを組む。 これはクラス対抗騎馬戦のペアであり、男女入り乱れてハチマキを取りあう競技だ(ただし、暗黙の了解で、男は男、 女は女で取り合う用になっているが) さて、ここで、一つ問題が発生する。うちのクラスは、男女とも生徒の数は奇数である。するとどういうことになるか。 「まあ、ここはキョン君と佐々木さんが組むのが一番いいわね」 どうしても、男女とも一人ずつ余るわけで、朝倉はさも当然と言う様に、俺と佐々木のペアを決めた。 「さすがだな、キョン」 国木田とペアを組んだ、谷口がニヤニヤと笑っていたが、一発殴っておいた方がよさそうだ。 「君となら、誰にも負ける気はしないよ」 佐々木はそう言って笑った。 クラス対抗と言うからには、当然相手がいるわけで、それは委員長同士がくじを引いてくることにより決まる。 体育祭実行委員会の会合の席に各クラスの委員長が集合して、くじを引く。その結果は…… 「我がクラスの対戦相手は、一年九組に決まりました!」 朝倉の報告に、少しばかり頭が痛くなった。 言うまでもなく、涼宮と古泉がいるクラスだ。 「やれやれ」 あいつらと対戦することになるとはね。 学校の帰り道、俺の後ろから声をかけてきた奴がいて、振り向いて確認すると、それは古泉だった。 「今、お帰りですか」 ああ。今日は文芸部も早めに切り上げたんでな。 「佐々木さんは一緒じゃないんですか?」 佐々木は今日塾があるから、先に帰ったよ。お前こそ涼宮と一緒じゃないのか? 「涼宮さんは今日は用事があるそうで、授業が終わって早々と帰られました」 なるほどな。 俺と古泉はそんなことを話しながら、まだ少し夏の名残が残る街中を歩いていった。 「今日は僕がおごりましょう」 何故か俺と古泉は喫茶店にいた。 歩きながら話しているうちに、ゆっくり腰を据えて話したいと古泉が言いだして、俺達は喫茶店に 入ったのだ。 「最近どうだ、涼宮とうまくやっているか?」 夏休みの合同旅行で、古泉と涼宮が一緒にいる姿は実にお似合いのカップルに見えた。常々俺は思う のだが、涼宮には古泉のような男がふさわしい。冷静さと、うまいこと涼宮と付き合える心の広さを 持つのは古泉以外いないだろう。 「どうなんでしょうかね。一番涼宮さんといる時間が多いのは僕ですが、あなたと佐々木さんのような 信頼関係はまだまだですよ」 中学時代から友人であるというのは、俺と佐々木と一緒なんだがな。 「なぜなんでしょうね。ただ、信頼関係を築くというのは、接触時間が多いだけでは出来上がるものでは ありませんから」 確かにお前の言うとおりだよな。 「ところで、話は変わりますが、体育祭のクラス対抗騎馬戦、僕とあなたのクラスとの対戦になりましたね」 ああ。お前たちと対戦することになるとは思わなかったよ。 「僕のクラスは男女とも奇数なんで、男も女も一人づつ余りましてね。それで僕と涼宮さんがペアを組むこと になりました」 ・・・・・・ちょっと待て。お前たちのクラスも?おまけに古泉と涼宮のペアだと? 「ええ、そうですが」 俺はかなり妙な顔をしていたようだ。 「どうかしました?」 いや、うちのクラスもお前のところと一緒でな。男女が一人づつ余ったんで、俺と佐々木がペアを組むことに なったんだ。 「それはそれは。すごい偶然があったものですね」 全くだ。何者かによる陰謀でもあるのかね。 「まあ、でも、涼宮さん、かなり張り切っていましたよ。あなたのクラスと対戦が出来ると聞いて、喜んでまし たが」 その言葉に、俺は一抹の不安を感じた。涼宮が張り切ると、ろくでもないことになりそうな気がしたからだ。 「そういえば、体育祭ではクラブ対抗リレーというのもあるそうですよ。こちらは参加希望のクラブだけですが」 まさかそれにSOS団もエントリーしているんじゃないだろうな。 「していますよ。鶴屋さんから話を聞いて、すぐに申し込みに行かれました。SOS団の宣伝になる、ということで」 ・・・・・・古泉、つくづくお前も苦労するな。 後日。 佐々木よ、今、何と言った? 「キョン。僕らもクラブ対抗リレーに出場しよう」 放課後、文芸部室で、佐々木が俺にそう言った。 「涼宮さんに申し込まれたんだよ。『私たちが出るから、文芸部も出なさいよ』ってね」 ・・・・・・いらんことに人を巻き込むな、涼宮め。 「で、どうする、キョン?」 結局俺たち文芸部も、クラブ対抗リレーに出ることになった。意外に長門と朝倉が乗り気だったからだ。 国木田にも話して、五人一組のりレ―で俺達は走ることになった。 今年の体育祭、忙しくなりそうである。
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キョン「佐々木かわいいな佐々木」 佐々木「キョ、キョン!? と、ととと突然何を言い出すのかと思えば、そ、そんなっ、まだ手も繋いでないのにそんなことっ。 ぼ、僕は勘違いしてしまうよ、いいのかいっ? 勘違いした挙句僕がキョン無しでは生きられない身体になってしま」 ハルヒ「佐々木さんかわいいわ佐々木さん」 佐々木「……え? 涼宮さん?」 みくる「佐々木さんかわいいです佐々木さん」 長門「……ささき、かわいい、ささき」 古泉「佐々木さんかわいいですね佐々木さん」 佐々木「え……ちょ、ちょっと」 橘「佐々木さんかわいいのです佐々木さん」 九曜「―――佐々木……かわいいよ―――佐々木―――」 藤原「ふ、ふんっ……さ、佐々木、かわいいぞ、佐々木っ」 佐々木「み、みんな!? え、ちょ、涼宮さんどこ触ってるのっ、やだぁ、僕っ、そっちのケは……やぁ……」 ――――○―――――――――――― 。0 「という夢を見たよ」 某月某日某喫茶店にて佐々木はかようなすこぶる混沌とした夢の内容をのたまい、俺は松田優作ばりにアイスコーヒーを噴霧してしまいそうにもなったが辛うじて耐え、その報いか数分ほどまともに酸素を取り込めなくなったことを先述しておく。 佐々木よ、お前は一体何を考えながら眠りに就いたというのだ。 夢なんざ不条理なものと相場が決まってはいるのだが、今聞いたそれは俺と俺の知人でもある珍妙且つ奇天烈な面々が揃い踏みという俺なら卒倒しかねんもんであった。 一方、当の本人は咽ぶ俺をアサガオの発芽を嬉々として観察する小学一年生のような幸喜に満ち満ちた瞳で見つめている。 ……さてここで諸賢に問題だ。 この奇妙な親友は俺にどうしてもらいたいのでしょうか。手ごろな選択肢はいくつかあったが、最近は愚鈍やら朴念仁やらと己が身に対しての蔑称が途絶えることがないので、少しは気を利かせてみることにする。 咳払い、深呼吸。俺は笑んだままの少女にこう言ってやった。 「佐々木かわいいよ佐々木」